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AIに文章を書かせないということ
こんにちは。公認会計士・税理士の富村亮超です。
私は最近、自分で決めている「非効率化」ルールがあります。
メールの返信をAIに書かせないようにしています。ドラフトも込みで。
メールの返信のドラフトと言えば、AI効率化の活用として真っ先に上がるアイデアです。
実際、最近のAIが書く文章は実に自然で、人間が書いたものと間違うほどによくできています。普通に考えて、使った方がいいでしょう。
これは本当に感覚で言うんですが
人間が書いた返信の方が、気持ちよく読める。
快・不快のベクトルの話で、それ以上でもそれ以下でもありません。
言語学の専門ではないので、全く理由はわかりません。
一応、先日面白いSkillsを見つけました。
https://gist.github.com/k16shikano/eb2929f13ed19c97188393d297be8432
このSkills曰く、文の拍など、普段私たちが全く意識していないものをAIに落とし込むと自然な文章になるようです。
まぁ、じゃあそれを使って、ほぼ人間の文章を書かせればいいんじゃない、という反論はありえます。
そうなると、これはもう半分、美学というか宗教(エボン教)というか、ただの老害の話になってくるような気もするんですが
企業のロボコールであったり、さすがにAIだろ、みたいなメール来たら
ちょっともやっとしませんか?(主観)
僕はもやっとします。いや、いいんですよ。お互い様なので。
ですが、もし目の前に人(クライアント、同業者)がいるとして
自分の代わりにロボに会話させることはしないじゃないですか。
それはさすがに失礼ですよね。
でもメールも同じことじゃない?と思うんですよね。
メールの奥には人がいて、受け手の感情がある。
そこを、「効率化」と言ってAIにやらせてしまうのは、どうなんでしょうか。
AIが書いた誰もが感動する告白文にOKしたいでしょうか。
AIが書いた美しい励ましに、応援に、心打たれたいでしょうか。
糸井重里さんと三宅香帆さんの対談の中で、AIによってきれいに整え過ぎた文章に感じる物悲しさを
「その目尻の小じわが好きだったのに…!」
と表現されていました。
これが、人間が操る言葉の美しさです。
本日もしわだらけの拙文を読んでいただき、ありがとうございました。
